高橋和夫・評 ヒュー・マイルズ著、河野純治訳『アルジャジーラ 報道の戦争』
(光文社、2005年)447ページ、2300円
 アラビア半島からペルシア湾に親指を突き出したような半島がある。ここが首長国カタールである。面積は秋田県ほどで、人口は80万である。世界有数の天然ガス資源に恵まれた豊かな国でもある。この首長国で1996年にアラビア語の衛星テレビ局アルジャジーラが開局した。アルジャジーラとはアラビア語で島を意味する。言論の制限されたアラブ世界の中での自由なメディアの島でありたいとの意思表示である。金は出すが口は出さないという首長の姿勢に守られて、同局は急成長を遂げた。追い風となったのは、アフガン戦争とイラク戦争であった。アラブ世界は初めて自らの姿を映すメディアを獲得した。本書のメイン・ストーリーである。それだけならば新しさはない。しかし、本書の強みは、その詳細にある。
 BBC(英国放送協会)とサウジアラビアが計画していたアラビア語の衛星テレビの計画が挫折し、そのスタッフがアルジャジーラに雇用された経緯、パレスチナ報道でアラブのテレビとしては初めてイスラエル人を登場させた際の衝撃、報道内容に激怒したアラブ各国政府の妨害工作、アルカエダとの取材交渉での綱引き、米英からの強い批判の中でイラク戦争報道、米軍の「誤射」による職員の殉職、アルカエダ寄りだとかフセイン寄りだと批判しながらもアルジャジーラから映像を購入する欧米の報道機関の姿、アラブ世界のライバルとの競争の様子など数々のドラマが各方面の関係者のインタビューを織り交ぜながら綿密に描写されている。副題にあるように、アルジャジーラの歴史は、戦争の報道を通じた「報道の戦争」の記録である。アルジャジーラの登場によって中東のメディアは変わった。国営放送の退屈な内容では視聴者を得られなくなったからだ。アルジャジーラ革命ともいえる現象であった。このアルジャジーラが近く英語放送の開始を予定している。中東のメディアを変えたアルジャジーラが世界のメディアを変えるのだろうか。なお翻訳は内容にマッチしたテンポの良さだ。
(『日本経済新聞』2005年10月30日号掲載)